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| プロフィール |
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Author:天藍
本や映画や舞台の感想など書いてます(たまにね)。うーん、偏ってますかね方向性。お薦めなどあったら教えてくださると嬉しいです。
ソラノアオ。の… 60%は童子についてで出来ています 25%は夢の宇宙誌で出来ています 8%は太陽王と月の王で出来ています 4%は思考の紋章学で出来ています 3%は黒魔術の手帖で出来ています (「ドラコニア解析」より)
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| ソラノアオ。 本、映画、舞台の感想と日記など。かなり偏っていると思いますが同好の士求む。
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| 靖国ー |
えーと、この暑いのに何をしてるんだという感じなのですが 問題作?「靖国」を少し前に見てきました。
右やら左やらの黒塗りの車とかスローガン幟とか映画館の近くに出張ってきてるんじゃないかと危惧しましたが何もいなかった。ビバ田舎。 この製作サイドは日本で言う「左」寄りだそうで、文化庁が出資だか助成だかしている財団の助成を受けた映画ということで文化庁にクレームがかなりあったそうな。文化庁いい迷惑だなあ。 映画自体は、、まあ監督が中国の方だし、靖国自体を批判的に捉えてはいますが割と淡々とした記録映画に見えました。
(以下ネタバレあり。政治的論争をする気はありませんので確固たる信念をお持ちの方は何も見ずにお引き返しくださいませ) ○いや、色んな人がいるなあ。終戦記念日の靖国って大変だなあ。 10年ほどにわたって撮りためたものとはいえ、軍服姿で軍隊ラッパふかす人たちとかひっそり兵隊服で敬礼して帰っていく人とかいろんな右翼団体、靖国反対を叫んで終戦記念式典に乱入する左翼青年。 映画自体はどの人々に対しても特に評価を下すことなく、靖国に良いにしろ悪いにしろ何らかの感情をもつ人たちの映像が重ねられていきます。特に軸として挟まれていたのは靖国に奉納された刀、それを打つ刀匠、かな。この刀鍛冶さんがえらい格好良い。いかにも職人さんて感じで。 惜しむらくは、靖国神社の禰宜さんにもインタビューして欲しかった。(わざとかどうかは知らんが考えてみると結構大きな欠落じゃないのか、この点)
○ただねえ、以下単なる感想なのですが。 靖国に来る色々の人々に関しては、映し出されるどの人見ても「ん〜…???」と、どうにも違和感が。
神社で騒ぐなとしか思えないんですよ。 少し考えたのですが多分、その場所本来の趣旨にふさわしくないために滑稽に見えるのじゃないかと。 国家神道だから本来の神道とは違うものだけど、一応神社の様式で、死者を神として祀ってある場所なわけで。 で、靖国の「神」って、聖なる存在ではあるけども一神教の神様みたいな絶対者では絶対にないし、善神でもご利益のある神でもないですよね?
本居宣長「古事記伝」より引用しますと、
「さて凡て迦微(カミ)とは、古御典等(いにしへのみふみども)に見えたる天地の諸の神たちを始めて、其を祀れる社に坐(いま)す御霊(みたま)をも申し、又人はさらにも云ず、鳥獣木草のたぐひ海山など、其余(そのほか)何にまれ、尋常ならずすぐれてある徳(こと)のありて、可畏(かしこ)きものを迦微(カミ)とは云なり」 つまり並の人間を超えた、畏れをもって相対すべき存在全般を「カミ」というわけですよね。(「徳」は「人徳」の徳じゃなくてどちらかといえば「特性」だと思う、この文脈からすると)
靖国に祀られてるのって、(戦犯含め)家族を残して無念な思いを残して亡くなっていった方々の御霊、「荒ぶるカミ」なわけじゃないですか。 生きてる人間側にとっては、鎮まりたまえ穏やかになりたまえ祟らないでくれたまえ、という趣旨でまとめて靖国に祀ってるわけでしょ?祀られてる兵隊さんたちは「戦場で死んでも仲間と一緒に鎮めてもらえる」という安心感を持って(まぁ実際心底信じてはいなかったかもしれませんが)靖国がある、と思っていたわけでしょ? つまり靖国って、「鎮め」のための場所なわけでしょ?本来の神道の趣旨からはずれているとはいえ、鎮魂のための場所に変わりはないはずで。 そういう場所だという頭があるので、靖国でのいろいろの参拝者や主張者に対してどうにも変な感じがしたのだと思うのです。
鎮魂のための場所で旧日本軍のなんとかを読み上げたりラッパ鳴らしたりってどうなのよとか (祀られてる方々の「現役時代の」記憶を呼び覚ますようなもので荒御魂をふるい起こしてどうするよ) 祀られている方々のために参拝するならきちんと礼装するべきなんじゃないかとか (スーツか羽織を着てください。軍服が正装なのは現役の軍人さんだけじゃないの?) 右の方々がコスプレ旧日本軍を思い出す会に見えてしまったのは多分そのせいだと思うのです。 (左翼にいたっては言わずもがな、「あんたたちが信じてた日本国が大馬鹿だったせいであんたたちは犬死だったし犯罪者なんですよー」って死者を侮辱してる。そんなこと偉そうに言える立場なのか、今生きてる人間は。)
戦争でなくなった方々のための鎮魂の場所は、必要だと思うしあるべきだと思う、生きている人間のためにね。親奥さん幼い子供を残して亡くなった人が沢山いること、その方々の死の上に今の日本があって自分たちが生きてるということ、そういう記憶を残すための場所は必要だと思う。 問題は良い気持ちがしない遺族がいるという点、無宗派の慰霊施設にするなら宗旨のない宗教的行為(無宗教の人でも敬虔な気持ちで「祈る」ならばそれは宗教的行為だ)が成り立つものなのかという点、ですかねえ。
でね、これは私の祖父が言ってたことに拠ってるのですが。 そもそも何故終戦記念日に参拝するの?国家全体として降伏文書に署名したのが広報された日、ってことだけで、「何かが終わった日」ということではないんじゃないの?すべては戦争に踏み切った日に決定的に始まったわけで、むしろちゃんと考えないといけない、忘れちゃいけないのは開戦の日なんじゃないの?
○あとさ、いまいちよくわからないのですが、、家族のもとに魂を返せとか言う人がいたけど、戦死通知が家族に届いたらお弔いも祭祀もそれぞれの家族はするものじゃないの?戦死したあなたの家族の霊は100%靖国にありますよ、とか言われるの?御霊って祀られてる場所がいくつもあると一箇所あたりの量が減るもんなの?靖国神社は墓でも仏壇でもないでしょ、祀られてる人リストに名前が書かれて、御霊が神として降りてこれる場所がそこにある、というだけでしょ?戦犯と同じところに名前が書いてあるのが同列扱いみたいで嫌、ってことなのか。でもなぁ戦犯ってたまたまその時に責任ある立場にあった人間を政治的にラベリングしただけでしょうに。「嫌なものは嫌」なら気持ちはどうしようもないけど、「戦犯」ってカテゴリがあるのは戦争に負けたからだよ。 まぁあっちにもこっちにもうちのじいちゃんの祭祀の場がある、というのも妙な感じで、全部身内のもと一箇所にまとめたくはなるけれどもさ。
○えーと、、ルポ映画として惜しいなと思ったもうひとつの点なのですがね。 エンディングで当時の写真やら映像やら、(南京虐殺の写真といわれるものも含め)がざーっと流れまして、まぁ、靖国の刀がこんなふうに使われたんだよー、って言いたかったのでしょうけど。
映画の中で、インタビュアーが聞くんですよ刀匠に。「戦場で貴方の打った刀がどれほど『役に立って』いたとか聞いたことがありますか」とか。 …聞くなよそういうこと、職人さんに。刀匠はいい刀を精魂込めて打つだけだってば。良い仕事をしたと誇りの持てるものを造ってるだけだって。若い頃からずっと靖国刀の銘を打ってたらそりゃ彼のアイデンティティになるだろうよ。靖国神社で刀鍛冶を奉納するからって、実際その現場で思うのは「名誉だけど人目が多くて緊張するなあ」とかじゃないの?今打ってる刀がちゃんと評価されるといいな、はともかく、戦場でどう使われるかとか考えるか普通? どうもあのインタビュー、靖国刀に関わった人みんなが「刀使って中国とかで人斬りまくって日本万歳」みたいな思想だった…というような方向に持っていきたそうに見えたのですが。 まぁ製作側がある一定の意図の下に取材してるなら仕方ないというものか?
改めて感想書くと意外とつっこめますねえ… けど、神道・国家神道の知識があまりないのでちゃんと勉強してからいろいろツッコむべきなのかもしれないです。乱文まとまってなくてすみません。 再度申しますが政治論争をする気はないしコメントいただいてもレスをつける時間があるかどうかわからないのでTB・コメント禁止にさせていただきます、ごめんなさい。
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